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貸店舗の家賃値上げはどう対応する?(後編)借主を守る借地借家法と円満合意の秘訣

世界各地の情勢不安や円安などを背景とした物価高騰の波は、不動産賃貸市場にも大きな影響を与えています。前編では、建物の維持管理費などの上昇に直面する「貸主の立場」から、賃料改定の背景や打診の正しい手順について解説しました。後編となる今回は「借主(テナント)の立場」に焦点を当てます。

ある日突然、貸主や管理会社から書面で賃料の値上げ通知が届いた場合、大きな不安を感じる経営者の方も多いでしょう。しかし、焦って要求を鵜呑みにしたり、逆に感情的に反発したりするのは禁物です。本コラムでは、借主として知っておくべき法的な権利をはじめ、貸主の主張を冷静に検証する方法や、自社の事業を守りつつ円満な合意へと導くための具体的な交渉術について詳しく解説します。

■10秒でわかる!この記事の内容
・貸主からの賃料増額通知は協議のスタートであり、一方的に新賃料が確定するわけではない。
・借地借家法第三十二条により、借主には不合理な増額要求に対して協議を求める権利がある。
・合意に至らない協議期間中も、借主が相当と認める賃料(従前賃料)を支払えば滞納にはならない。
・貸主の増額理由を鵜呑みにせず、周辺相場や公租公課の変動など客観的なデータの開示を求める。
・自社の経営状況を誠実に伝え、段階的な値上げや設備投資の要求など代替案を用いて円満合意を目指す。
・貸主にとって最大の懸念は「退去による空室リスク」であることを理解し、長期的なパートナーとして対話する。

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■値上げ通知は決定事項ではない〜借地借家法が守る借主の権利〜

貸主から「来月の賃料から〇〇円増額します」といった一方的な文面の通知書が届くと、多くの借主は「支払わなければ契約を解除され、立ち退きを迫られるのではないか」という心理的なプレッシャーを感じるものです。しかし、日本の不動産賃貸借契約において、借主の権利は法律によって非常に強く保護されています。その根幹となるのが借地借家法第三十二条(借賃増減請求権)です。

前編でも触れた通り、経済事情の変動や公租公課の増額などにより現在の賃料が不相当となった場合、貸主から増額を請求すること自体は法律で認められた正当な権利です。しかし、重要なのは「請求があれば即座に改定されるわけではない」という点です。賃料の改定は、あくまで貸主と借主の双方が誠実に協議を行い、合意に達して初めて法的な効力を持ちます。

仮に貸主の提示した増額幅に納得ができず、協議が平行線をたどって長期化した場合でも、借主は自身が「相当と認める額(基本的には従前の賃料額)」を期日通りに支払い続けていれば、債務不履行(家賃滞納)を理由に契約を解除されることは絶対にありません。もし貸主が「増額した金額でなければ受け取らない」と従前賃料の受領を拒否した場合には、借主は法務局の供託所に家賃を預ける「供託(きょうたく)」という法的手続きを行うことで、滞納を免れることができます。

ただし、最終的に裁判等で「増額が正当である」という判決が出た場合には、借主は不足額に年一割の利息を上乗せして支払う義務が生じます。そのため、単に支払いを拒絶して逃げ回るのではなく、自らの権利を理解した上で、真正面から冷静な協議の席に着く姿勢が求められるのです。

■貸主の主張を検証する〜客観的データの要求と独自調査〜

値上げの通知を受けた借主がまず取るべき行動は、貸主に対して増額の根拠となる具体的なデータの開示を求めることです。単に「インフレだから」「近隣の相場が上がっているから」といった抽象的な理由だけでは、借主も社内で決裁を下すことはできません。固定資産税都市計画税が過去数年でどの程度上昇しているのかを示す納税証明書、管理会社からの清掃費設備保守費の値上げ通知書、さらには不動産鑑定士等による賃料査定書など、客観的かつ合理的な資料の提出を丁寧に依頼しましょう。貸主がしっかりとした根拠を持って賃料改定に臨んでいるかを確認することが、交渉の第一歩となります。

同時に、借主自身も自衛のために独自の市場調査を行うことが不可欠です。貸主から「周辺相場に合わせて増額する」と言われた場合、その比較対象となっている物件が本当に自社の借りているテナントと同等の条件であるかを検証する必要があります。築年数、駅からの距離、面積はもちろんのこと、例えば同じビルの1階の路面店と3階の空中店舗では賃料相場は全く異なります。インターネットの不動産ポータルサイトを活用して近隣の類似物件の募集賃料を調べたり、地元の不動産仲介業者にヒアリングを行ったりして、自分なりの「正しい相場観」を養っておくことが重要です。

また、現在の賃貸借契約書を改めて読み直し、「賃料は据え置く」「増額しない」といった不増額特約が記載されていないかどうかも必ず確認してください。貸主から提示されたデータと自社で集めたデータを突き合わせ、増額要求が本当に妥当な水準なのかを論理的に見極めるプロセスが、その後の交渉を大きく左右します。

■事業を守りつつ円満合意を目指す交渉術と代替案の提示

貸主の増額要求にある程度の合理性があったとしても、借主側にも厳しい経営事情があります。特に飲食業小売業などのテナントは、原材料費の高騰や光熱費の急騰、人件費の上昇といった数多くのコストアップ要因を抱えており、これ以上の固定費の増加は事業の存続を揺るがしかねません。交渉の場では、単に「払えない」と拒絶するのではなく、自社が直面している財務状況や業界を取り巻く厳しい環境を、具体的な数字を交えて貸主に誠実に説明し、実情を理解してもらう努力が必要です。

不動産賃貸経営における貸主の最大の懸念事項は、テナントが退去してしまうことによる「空室リスク」です。退去されれば数ヶ月間の家賃収入が途絶えるだけでなく、原状回復工事の費用や、新たなテナントを募集するための広告費・仲介手数料など莫大なコストが発生します。借主はこれを脅し文句として使うのではなく、「長くこの場所で安定して営業を続け、確実にお家賃をお支払いし続けたいからこそ、今回の増額幅は見直していただきたい」という、長期的なパートナーシップの視点から訴えかけることが有効です。

どうしても貸主の要求額の満額回答が難しい場合は、対立を避けるための「代替案」を複数用意して交渉に臨みましょう。例えば、「初年度は要求額の30%の増額とし、数年かけて段階的に引き上げていく」という段階的増額の提案や、「予算の確保が必要なため、新賃料の適用は半年後からにしてほしい」という猶予期間の設定などが考えられます。

また、賃料の増額を受け入れる代わりに、「古くなって電気代がかさんでいる空調設備を最新のものに交換してほしい」「照明をLED化する費用を負担してほしい」といった、自社の営業環境の改善やコスト削減に直結する設備投資を貸主に要求するのも、非常に前向きで実務的な交渉術です。金銭の綱引きに終始するのではなく、互いの事業にとってプラスとなる条件をパズルのように組み合わせることで、双方が納得できる円満な着地点を見出すことが可能になります。

■この記事のまとめ

賃貸借契約は、貸主と借主が互いに協力して建物の価値を高め、事業を継続していくための長期的なパートナーシップです。賃料増額の通知を受けたからといって、過剰に怯えたり感情的に対立したりする必要はありません。借地借家法に守られた自身の法的な権利を正しく理解し、客観的なデータに基づいた冷静な検証と対話を重ねることが何よりも重要です。自社の経営状況を率直に伝え、互いに歩み寄れる柔軟な妥協点を見出すことで、インフレ時代においても揺るがない強固な信頼関係を築き上げてください。

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